LIFE LOG(あおいろ文庫)

触れようとすれば消えてしまう

高校二年生の春に書いた作品です。3作目。
『目隠しと破綻』を新歓号に載せるつもりでしたが、締め切りに間に合わず、ストックしてあったこの小説を提出した思い出があります。
この物語自体の話をすると、これは実際にあったことを元にした作品です。
「結局 ポン・デ・リング どこ行ったの?」と聞かれたことがあるのですが、さあ、どこ行ったんですかね。どうでもいいじゃないですか。
1,313文字



 平成三十年、一月二十六日。京都。僕の住む街は市街地の少しはずれにある住宅街である。
 塾からの帰り道、僕はミスター・ドーナツに寄った。だいぶ前から僕には食べたいものが二つある。ポン・デ・リングとランチパックのピーナツバターである。
 それにしても前回の塾の時は最悪であった。塾の帰りにどちらかを買おうと思い、まずファミリーマートに入ったのだが、ランチパックはタマゴしかなかった。仕方ないなと思い、ミスター・ドーナツに向かったのだが、不幸なことに、ミスター・ドーナツの閉店時間は夜の十時であった。塾が終わるのは夜の九時五十分。ファミリーマートに寄っていた僕がミスター・ドーナツに到着したのは夜の十時八分であった。まだ店内は明るく、しかし自動ドアは開かない。店内では従業員が何やら大きな袋にドーナツをガサゴソと入れていた。あのドーナツは僕に食べられるべきであった。雑に扱われるドーナツを見て、悲しいやら、憎らしいやら、そんな感情が湧いてきた。僕はここに戻ってくるぞ。そう誓ったものだ。
 今日、めざましテレビの占いで、ラッキーアイテムがドーナツだった。僕は運命のようなものを感じテレビの前で震えた。ポン・デ・リングが僕を呼んでいる。だがピーナツバター、お前は違う。
 さて、僕はミスター・ドーナツの前に立っている。午後九時五十七分。辺りは厳しい冷え込みで、顔のあたりが少し痛い。意を決して店内に入る。ぼくは迷わずポン・デ・リングを掴みレジに向かう。一〇八円。小銭が不足気味で、一〇円があと二枚足りず、結局僕は八円と千円札を渡した。店員には悪い事をした。閉店間近にもかかわらず面倒なことをさせてしまった。どうにも冴えない。
 外に出ると雪が舞っていた。僕はイヤホンを耳につけて、曲をシャッフルで流した。大滝詠一の雨のウェンズデイが流れる。雨でもなければウェンズデイでもない(僕の塾は毎週金曜日にある)。その奇妙さに少し笑う。粉雪が肌に触れるのが、なんだか少しくすぐったい。しばらく歩くと、防火バケツが目に入ってきた。中の水は凍っていて、その上に粉雪が舞い降りており、その氷の上で形を保っていた。僕はスマホで写真を撮った。荒い画質で感度も良くないが雰囲気は伝わるはずだ。スマホに思い出を閉じ込めてから歩き出す。アスファルトにもうっすらと雪が積もってきた。
コートにも雪がついていた。後ろを振り返ると、街頭に照らされてまばらに積もった雪が白く光っていた。とても良い雰囲気だった。僕はそれも写真に収めた。
 帽子をかぶったおじさんが僕の横を通り過ぎる。首をちぢこめ、ポケットに手を突っ込んでちょこちょこと歩く。まるでペンギンのようだ。
 僕の住むアパートに到着する。ちょうど入れ違いでエレベーターが上に行ってしまった。中にいた女性が少し驚いた表情をし、ボタンに手を伸ばすが間に合わない。僕が塾の帰り道にしたことの、そのどれかが無かったならば、エレベーターとすれ違うこともなかったのだな、と思った。なんだか不思議な気持ちになった。外では相変わらず粉雪が舞っていた。その粉雪一粒一粒とは、もう二度と会うことは無いのだな。ふとコートを見ると、雪はもう全て溶けてしまっていた。